ソフテスの創業

Column No.20

 私がちょうど50歳になったとき、このまま会社(ヤマハ発動機株式会社)に居続けて定年の60歳を迎え退職したらその後どうやって過ごそうか、趣味に生きるかなぁ?それとも何らかの奉仕活動、ボランティアをするかなぁ?何かの間違いで社長になったらどうだろう?など、などいろいろ考えました。

 趣味に生きるとはいっても、仕事が趣味みたいなものでそれ以外に趣味らしいものは持ち合わせていないしなぁ、精々写真とか旅行程度のことしか思い浮かばないし、そんなことじゃ長続きしないし、社会奉仕はというと、それこそそんな柄でもないし、海外に出て行って奉仕するほどのパワーもないだろうし、しつこくいろいろ考えていましたが、いつまでたってもこれだ!という考えがまとまってきませんでした。

 ある日ある時、電光石火のごとく頭の中に巨大な稲妻が閃きました。そうだ!自分で会社を作ればいいのだ!そうすればいつまでも好きにできる♪考えていたことが突然結実した瞬間です。わたしは、答えが簡単には見つからないようなことを考え続けたり、調査し続けたりしていると、ある日突然、頭に中に稲妻が走りアイデアが結実します。これまで三回起こりました。これは二回目です。宗教家の悟りとはこんなものなのでしょうか。

 そんなことがあって、数年たったある日突然、他者から見たら突然ですが、退職を宣言し無職になり下がりました。あ~これで自由だ!と叫びましたが、よりどころが無くて弱々しい叫びでした。

 1997年9月29日に、株式会社ソフテスを立ち上げることができました。メンバー6名のうち、私以外の5名が「SAP ERP」の経験者でした。彼らは日本で最も早い時期に独自に「SAP ERP」に関する技術、スキルを習得した秀逸です。現にその当時日本で「SAP ERP」を理解し構築できる人材は皆無でした。SAPジャパン㈱にもスキル習得しているコンサルタントは一人もおらず、国内のシステムベンダーにおいても理解者は皆無でした。

 そんな中で、最も早いタイミングでSAPジャパン㈱のサービスパートナーの資格を得、「SAP ERP」を取り扱えるシステムベンダーという地位を獲得しました。SAPジャパン㈱のメンバーに「SAP ERP」のトレーニングをしたり、大手企業のシステム導入プロジェクトにアドバイスしたり、頓挫したプロジェクトの開発を取って代わって完成させたりと、ハプニングがいろいろあり愉快なスタートとなりました。そうした中で国内の大手システムベンダー I社、F社、Y社などのトップが続々と「SAP ERP」のトレーニングを乞いにおいでになりました。しかし従業員数10数名の企業を前にして彼らは非礼すぎました。

 事業を始めるにあたり、システムベンダーの経験もいない、わずかな知見でやっていけるだろうか、頼る者もない中で、一抹の不安がありました。駄目ならどうするかといった考えではなく、まあ、なるようになるさといった開き直りの心境で構えていました。こうした心配をよそに、最初のプロジェクトは、順調に進み、本稼働間近になると思っていた以上に頼られることが多くなり、日程計画通りに何のトラブルもなく本稼働に移行させることができました。自分たちもびっくりですが、SAPジャパン㈱の面々もびっくりです。

 これを契機に、順調にいくつものプロジェクトを立ち上げていきましたが、どのプロジェクトでも、設定されている4つのフェーズ(準備、開発1、開発2、本稼働以降)それぞれ一日も狂わず計画通りに完了させていきました。業務管理システムの構築プロジェクトは、日程通りに進むことはありえない、これが業界における常識であったのですが、そんなことは露知らず、正確にシステム導入を続けていったことで、各方面からその実力を認められることになっていきました。

 当時は、企業のコンピュータシステムは、メインフレーム全盛の時期で、パソコンや電子メールも普及し始めたばかりの時代で、ユーザ企業の情報システム部門においては、それまで独自にシステム導入に携わる機会などありませんでした。大手ベンダーに任せっぱなしだったのです。これが幸いして、よちよち歩きのわが社でも順調に成長していくことができました。

 プロジェクトは、一日の遅れもなく完成させ本稼働させる、予算は当初見積もり通りとし費用の追加請求はない、システム構築に当たってはお客様の業務を最適化することに焦点をあててお客様と共同して構築していくことを基本とする、こうしたサービスはわが社独自のスタイルで、これを継続するためには、大手の下請けに寄らず、仕事は顧客企業から直接受注する必要があります。つまりプライムコントラクタであり続けるということになります。

 このような歴史の下でソフテスの事業の基盤が確立され、業務に焦点を当てたシステム構築、見積もり通りの価格、日程通りのプロジェクト推進、プライムコントラクタという姿が脈々と引き継がれて今日に至っています。創業から10年はSAPジャパン㈱の手厚い支援の下、順調に業績を伸ばし、今日に至っています。

 12月に入り、寒さが骨身に染み入ります。庭の欅も黄色の葉を連日ヒラヒラと舞い落として残りわずかになり冬の訪れを演出しています。ひと葉ごと 散りゆく秋の 欅かな

2021年12月7日

■本コラムを執筆したのは

株式会社ソフテス 取締役会長 鈴木忠雄
名古屋工業大学経営工学科を卒業後、川崎重工業(株)に入社。1972年にヤマハ発動機(株)へ移り、技術管理部長や舟艇事業部長を歴任。1997年に(株)ソフテス設立に参画し、2000年より代表取締役社長、のちに会長に就任。著書『経営改革のためのERP導入』で「ユーザダイレクト方式」を提唱し、経営・業務に根差したデータ活用の重要性を説き、企業経営の未来を見据えた活動を続けている。

■本コラムを執筆したのは

株式会社 ソフテス 取締役会長 鈴木忠雄

名古屋工業大学経営工学科を卒業後、川崎重工業(株)に入社。1972年にヤマハ発動機(株)へ移り、技術管理部長や舟艇事業部長を歴任。1997年に(株)ソフテス設立に参画し、2000年より代表取締役社長、のちに会長に就任。著書『経営改革のためのERP導入』で「ユーザダイレクト方式」を提唱し、経営・業務に根差したデータ活用の重要性を説き、企業経営の未来を見据えた活動を続けている。