9月も半ばになってすっかり秋の気配です。朝晩はひんやりとした風が心地よく、旺盛な食欲が脆弱な心を悩ませます。この季節、庭の草木の彩りもやや寂しく、夏の間活躍したたくさんの蝉の遺骸があちこち目に付くくらいです。そんな中で大事に育てているレモンの木が、ピンポン球くらいの実を二つつけています。それらの果実は、一向に育つ気配が無く、毎朝の気がかりです。
リーマンブラザーズの金融ショックから早や1年になります。この1年残ったのは、大量の失業者と行き詰った零細企業、若い子育て世帯や高齢者世帯の生活困窮など社会的な弱者の悲惨な現実です。社会の健全性を保つはずの政治の貧困さ、為政者の無能さがとりわけ際立った1年でした。
この数年、政治のリーダ達が執った施策はどのようなものだったでしょうか。崇高なる理念、信念の下で施策を展開し、実現できたという姿はあまり見受けられませんでした。多くは発露した問題に対する対策、要求されたことに対する対応、上程された施策の追認など、殆どが自らの意思に基づく施策ではなく、他からの働きかけ(外圧)によるものです。採用し施行された多くの施策は、自身の意思(内圧)で何かを変えようとするものではなく、その場その場の取り繕いをしたものに過ぎません。その結果は、惨憺たる状態を市井に招いています。何年も続く政治の空白にやっと変革の可能性が見えてきました。人は変化に臆病です。慎重です。しかしながら限界を超えると大胆な変化を享受するようになります。
1年後、10年後あるいは100年後には、どのような社会を作り上げていくのか?どのような仕組み、どのような文化、どのような市民生活を築くのか?といったビジョンを持ち、そのための方法、施策を組み立てることが重要です。そのようなビジョンや施策は、どのようなものでも良いわけではなく、質の高いものでなくてはなりません。質の高いビジョンは、その実現を期待させ、市民や実務部隊に夢を与え、気力を高揚させ、社会的に大きな推進力を生み出します。
こうしたビジョンを持つこと、施策を策定することは、為政者にとっても大きな効用をもたらします。日常の意思決定が容易になると共に、その軸がぶれることもなく効率的に意思決定ができます。また、実務部隊にとっても無駄な仕事をすることなく、目的に適合した内容で効率的に仕事を進めることができます。このようなビジョンや施策の策定は、迅速に企画立案し、実行に移していくことが肝要です。時間が経過すると共にしがらみが自身を拘束します。
今回の衆議院議員選挙においては、自民党に代わって民主党が選択されました。主役の交代によって、これまで以上に質の高い成果がたくさん実現されることを期待して止みません。
ビジョンと施策によって物事を進めていくことは、政治の世界に限られることではなく、ビジネス世界でのマネジメントにもそのまま当てはまる事柄です。政治の世界での出来事を他山の石として、諸兄の研鑽を願って止みません。
2009年 9月 鈴木





